●●● 談話会 ●●●

2023年度

第1回

日時: 5月30日(火)13:00−14:00
場所: 理学部B707
講師: 藤本仰一 氏 (広島大学)
題目: 動植物の細胞から個体に至る形が持ちうる役割と生まれる数理
要旨: 細胞は分裂や変形をしながら集合して器官を、器官は特定の配置をとって個体を形作る。これら細胞や器官や個体の形は、種や系統を代表する特徴である。形は、どう発生し、どう多様化し、さらには、どんな役割を持ちうるのだろうか?私たちの研究室では、生物や物理の論理や知識を相補うことで、数理の視点から多様な植物や動物にこれらを問うてきた。このセミナーでは、これまでの成果の一端をまとめて報告する。まず最初に、成長する多細胞組織が器官の形を決める力学的仕組みを複数紹介する。根の先端では、器官の形がサイズや種の違いを超えてカテナリー曲線に一致することを見出した。カテナリー曲線を生む物理に基づき、根の先端で一定の方向へ細胞分裂が起こることが、器官をカテナリーに形作る必要かつ十分条件であることを予測し、生物実験で検証できた[1]。このような細胞分裂の偏りは、異方的な力を生む。その結果、細胞が動きにくい植物組織では、離れて位置する器官の配置の対称性が高まることも見出した[2]。一方で、細胞が動きやすい動物組織では、分裂の偏りは前がん細胞に隣接する正常細胞を特定の形に変形した結果、細胞の配置換え(トポロジー変化)を方向づけ、最終的に前がん細胞の選択的な拡大をもたらすことを発見した[3]。
 次に、形の潜在的な役割をお話しする。私達は、ヒト胎児大脳皮質の凸凹した形の表面で、最短経路(測地線)を網羅的に計算してきた。面白いことに、測地線の位置と方向は、脳の領野間を長距離に接続する主要な連合線維と定性的に一致した。これらの理論的知見は、脳表面の測地線が神経回路の鋳型となることを示唆する[4]。また、植物細胞の形は細胞分裂の方向を決定できるか、さらには、細胞分裂面は極小曲面に一致するかを、分裂前の細胞の3D形状データから判定できる数理モデルを構築した[5]。この細胞の形や分裂方向は、コケ植物では葉の空間的な配置(葉序)を調節することで、葉序の多様性を生む[6]。
 器官の配置や数が多様化する仕組みを最後にお話しする。ナズナやサクラのように多くの双子葉植物は4あるいは5枚の花弁を持つ。特定の数の花器官が発生する仕組みは、器官の配置を定量的に再現する数理モデル構築を通じて予測された[7]。このモデルを左右対称な花の発生過程へ拡張することで、花器官の多様な数と配置へ進化する際に生じた発生制御の変化が統一的に予測された[8]。さらに、花のような形をしているイソギンチャクでは、内臓の配置が左右対称な個体と放射対称な個体とが一つの種に共存することを動物で初めて見出した。対称性の種内多型が発生する仕組みは、花の数理モデルの応用から予測できた[9]。以上のように、細胞から個体にわたる形が発生および多様化する要因を予測・検証できる理論生物学が整ってきた。これら研究手法の発展を通じて、生物が進化する方向を予測する展望も議論したい。
[1] Fujiwara et al., Development (2021)
[2] Fujiwara et al., Curr. Biol. (2023)
[3] Tsuboi et al., Curr. Biol. (2018)
[4] Horibe et al., BioRxiv (2023) 2023.01.29.526048
[5] Ishikawa et al., PNAS (2023)
[6] Kamamoto et al., J. Plant Res. (2021)
[7] Kitazawa, Fujimoto, PLOS Comp. Biol. (2015)
[8] Nakagawa, Kitazawa, Fujimoto, Development (2020)
[9] Sarper et al., Zool. Lett. (2021)

第2回

日時: 6月6日(火)13:00−14:00
場所: 理学部B707
講師: 寺本圭佑 氏 (広島大学)
題目: 擬球的曲面の焦面とその極小性
要旨: 3次元ユークリッド空間内のガウス曲率が負で一定の曲面を擬球的曲面という。 代表的な例にベルトラミの擬球がある。これは、トラクトリックスと呼ばれる平面曲線の回転面として得られる。 一方、トラクトリックスの縮閉線は懸垂線であることが古くから知られている。 これは、ベルトラミの擬球の焦面(縮閉面)が極小曲面である懸垂面になることを意味している。 本講演では、擬球的曲面の積分可能条件であるサイン・ゴルドン方程式を用いて、 焦面に対する極小性条件を紹介する。 また、焦面が極小曲面となる擬球的曲面のクラスや対応する極小曲面についても紹介する。

第3回

日時: 6月20日(火)13:00−14:00
場所: 理学部B707
講師: 山田恭史 氏 (広島大学)
題目: 包括的観点から見るコウモリの超音波センシングの仕組み
要旨: 私たちヒトは目をつぶったまま,杖で地面をたたく音だけを頼りに,雑踏こだます渋谷のスクランブル交差点で他人をスルスルと交わしながら歩くことができるでしょうか?恐らく多くのヒトは無理だと思います.しかしその一方で同じ哺乳類であるコウモリは,視覚を退化させ,聴覚と声帯に特化した進化を遂げることで,ありとあらゆる野生下でサバイバルを実現させる“超”聴覚能力を身に着けてきました.彼らは自ら超音波パルスを放射し,周囲からの反響音(エコー)を聴取・分析するエコーロケーションにより3次元空間の把握を行っています. 1送信器・2受信器のシンプルな音響センシングからは想像しがたいアクロバティック飛行を実現させる彼らの音響ナビゲーションの仕組みについては,これまで計測学者主導の研究が行われてきました.しかしコウモリの意思決定プロセスや合理的な機能・構造の仕組みを本質的に理解するためには,数理言語化による理論的な追及からの理解が必要不可欠です.本談話会では,コウモリのユニークな超音波センシング行動について紹介し,数理学的視点からの分析によって成果を上げた研究例についても紹介します.最終的には,数学・物理的な視点からしか解けない“コウモリの放射パルス形状に隠された未解決問題”についても紹介させていただきます.

第4回

日時: 7月5日(水)14:35−15:35
場所: 理学部B707
講師: 佐治健太郎 氏 (神戸大学)
題目: 波面のD4特異点の標準形とその幾何的性質
要旨: 写像の特異点を考える際,主に定義域と像域の座標変換で移り合うものを同じと見なす.像域の座標変換を用いるため,写像の微分幾何的情報は失われる.しかしそれでも,特異点を固定すると余階数が1である特異点に対して豊富な幾何学が展開できることが近年わかってきている.余階数が2の代表的特異点として正則曲面の臍点での平行曲面にあらわれるD4特異点がある.本講演ではD4特異点に対して,幾何的な標準 形と性質を紹介する.

第5回

日時: 7月18日(火)13:00−14:00
場所: 理学部B707
講師: 是枝由統 氏 (広島大学)
題目: 代数曲面上の特異点とジェットスキーム
要旨: 代数曲面上の特異点は様々な方法により調べられ、特異点の分類なども盛んに行われている。特に曲面特異点に関しては、特異点解消に現れる例外曲線を用た特異点解消グラフと呼ばれるものによる分類が知られている。一方で無限小曲線のm次近似から代数多様体への射をジェットとよび、ジェットの全体をジェットスキームという。特に代数多様体として特別な特異点を持つ曲面を考えると、特異点上のジェットは例外曲線に対応していることが知られている。本講演では特異点解消グラフを紹介し、ジェットスキームについて説明をする。その後、特別な特異点について特異点解消グラフとジェットスキームの関係を紹介する。

第6回

日時: 7月25日(火)13:00−14:00
場所: 理学部B707
講師: 小鳥居祐香 氏 (広島大学)
題目: タングル圏と絡み目不変量
要旨:  枠付き有向タングルの圏はただ 1つの対象から生成される自由なリボン圏であることが知られている。そのため、リボン圏を与えることにより、タングルの圏からそのリボン圏への関手を構成することができる。つまり、絡み目不変量を構成することができる。本講演では、タングルの圏とリボン圏について紹介する。また、ホップ代数上のYetter-Drinfeld加群を用いて、リボン圏を構成する方法を紹介する。本研究は葉廣和夫氏(東京大学)との共同研究である。

第7回

日時: 9月27日(水)13:00−14:00(日時にご注意ください)
場所: 理学部B707
講師: 中川勝國 氏(一関工業高等専門学校)
題目: 力学系の転送作用素のコンパクト性について
要旨: 力学系に付随する転送作用素のスペクトルギャップは、CLTなどの極限定理の導出に重要な役割を果たす。他方、このスペクトルギャップから、ある自然な位相ベクトル空間を導入すると、その空間上での転送作用素のスペクトルが、 コンパクト作用素のそれと類似した構造を持つ(i.e. 非零スペクトルがすべて多重度有限の離散固有値である)ことが起こり得る。そこで、この空間において転送作用素は実際にコンパクトであるか?また、コンパクトでなければ、 あるBanach空間を構成して、転送作用素がその上でコンパクト作用素になり、かつスペクトル構造がもとの空間上でのそれと一致するようにできるかと問うのは自然な問題である。 本講演では、この問題に関する、講演者のものを含む結果を紹介する。

第8回

日時: 12月8日(金)14:35−15:35(日時にご注意ください)
場所: 理学部E209(場所にご注意ください)
講師: 伊藤弘道 氏(東京理科大学)
題目: き裂の再構成の逆問題
要旨: 本講演では逆問題について概説し、その典型例である非破壊検査に関わる線形弾性体におけるき裂の再構成の逆問題について考察する。囲い込み法を用いることにより、1組の観測データから再構成するアルゴリズムを紹介する。本研究は池畠優氏(広島大学)との共同研究成果に基づく。

第9回

日時: 1月10日(水)13:00−14:00(日時にご注意ください)
場所: 先端研404N(場所にご注意ください)
講師: 松澤陽介 氏(大阪公立大学)
題目: Arithmetic dynamics on algebraic varieties
要旨: Arithmetic dynamics studies self-maps on algebraic varieties defined over fields like number fields, function fields, or local fields. In the context of dynamics, we are interested in asymptotic behavior of iterates of self-maps or orbits of rational points under the given maps. A typical question is how the geometry of self-maps controls the arithmetic properties of orbits. These properties might include specifics such as number of digits of coordinates, greatest common divisors among coordinates, or prime factors of coordinates. I will introduce several problems in arithmetic dynamics and some of my results in this area.

2022年度以前


談話会委員 木村, 伊森, 小田, 橋詰

大学院先進理工系科学研究科数学プログラム