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解析的トーションと保型形式

吉川 謙一 (東京大学・数理科学研究科)

Jacobi $\Delta$-関数とは次の無限積で定義される複素上半平面 $\Bbb H$ 上の 関数である。

\begin{displaymath}\Delta(\tau)=q\,\prod_{n=1}^{\infty}(1-q^{n})^{24},\quad
q=\exp(2\pi i\tau),\quad \tau\in\Bbb H.
\end{displaymath}

$\Delta(\tau)$ は重さ 12 の唯一の尖点形式であり、 $\eta(\tau)=\Delta(\tau)^{1/24}$ は Dedekind $\eta$-関数として知られている。 $\Delta(\tau)$ は楕円曲線の(Weierstrass 標準形)の判別式であり、又、 楕円曲線の解析的トーションとしても理解される。

Jacobi $\Delta$-関数の正しい高次元化を見つけるという問題は永年に渡る 懸案であったと思われるが、90年代に入り Borcherds によって無限積を持つ (IV型領域上の)保型形式の一般論が構築された ([B1,3])。それにより、 (1) に類似する無限積展開を持つ保型形式が無数に存在することが結論されるが、 Jacobi $\Delta$-関数のように幾何学的な背景を持つものは稀である。 Borcherds が構成した保型形式の中で最も幾何学的なものは、階数10の 似非モンスター Lie 代数の分母関数として得られる Borcherds $\Phi$-関数 であろう ([B2]):

\begin{displaymath}\aligned
\Phi(y)
&=\sum_{w\in W_{\Lambda}}\det(w)e^{2\pi i\la...
...rho-\rho'\rangle}
c(\frac{\langle r,r\rangle}{2})}.
\endaligned\end{displaymath}

但し、 $\Lambda=\binom{0\,1}{1\,0}\oplus E_{8}(-1)$ は階数 10 の双曲型 格子、 $W_{\Lambda}$ はその Weyl 群、$\rho$ はその Weyl ベクトルであり、 $\rho'=((1,0),0)$ である。y は管状領域 $\Lambda\otimes\Bbb R+
\sqrt{-1}C_{\Lambda}^{+}$ の無限遠 $\hbox{\rm Im}\,y=+\infty$ の近傍を動く。 ( $C_{\Lambda}^{+}$ $\Lambda\otimes\Bbb R$ の光錐の連結成分で、 $\rho\in\overline{C_{\Lambda}^{+}}$ を満たすものである。)又、 $\Pi^{+}$, $\{c(n)\}_{n\in\Bbb Z}$ は以下のように与えられる:

$\Pi^{+}=
\{l\in\Lambda;\,\langle l,\rho\rangle>0\}\cup\Bbb N\rho$, $\sum c(n)\,q^{n}=\eta(\tau)^{-8}\eta(2\tau)^{8}\eta(4\tau)^{-8}$.

$\Phi$ は Enriques 曲面のモジュライ空間の中で、判別式軌跡を特徴付ける。 今回の講演では、楕円曲線の場合と同様、Enriques 曲面の解析的トーション が Borcherds $\Phi$-関数で与えられることを紹介したい。 時間が許せば、上の定理の拡張についても述べたい ([Y])。



 

Tohru Okuzono 平成11年12月9日