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対数的幾何学と対数的ドラーム理論




加藤 文元




対数的幾何学. -- 複素数体上の代数多様体を論じる上で、その Hodge 構造は非常に重要であるが、 特にコンパクトでない多様体や特異点を持つ多様体については通常の Kahler 微分 $\Omega^{\ast}_{X}$ の代わりに対数的極を持った微分 $\Omega^{\ast}_{X}(\mathrm{log}D)$ という物を用いて論じる事が本質的である という事が従来から知られていた.そこでこの様な現象が自然に論じられる様な 枠組を作りたいという動機から対数的幾何学が生じた.実際には、一般に 多様体のみの情報からでは対数的極を持った微分は決定されないので、どの様な 構造を付加する事で、それが決定されるのかという非常にデリケートな問題があり、 それに対する答えとしていわゆる対数的構造という概念が定義され、対数的 幾何学とはスキームとこの対数的構造との組、即ち対数的スキームを扱う 学問である、という形で定式化された.これは、従来のスキーム理論をも一般化 しようという壮大な理論であり、しかもその中にいわゆるトーリック多様体の理論 をも自然に内包している。



対数的スムース性. -- 対数的幾何学の枠組の中で最も重要と思われる概念に、対数的スムースという 概念がある.これは従来のスムース性や非特異性といった概念の焼き直しで あるのだが、 なにしろ微分の概念が従来より一般化されていた訳であるから、スムースな範囲も 従来より広がる事になる.例えば、トーリック多様体はもちろん従来の意味では スムースでないものも存在するが、しかしこれらはすべて対数的には非特異という 範疇に属する(局所的にはこの性質はトーリック多様体を特徴付ける).また、 半安定退化といった、代数多様体の退化を論じる上で非常に重要な退化も、対数的 幾何学の枠組ではスムースなものとみなされる.対数的幾何学は、この様に従来の 代数幾何学の枠組では特別視せざるを得なかった特異な状況まで対数的スムースと いう一つの範疇で扱う事を可能にするという非常に著しい特徴を持っている.つま り、 実際には特異点を持つ多様体でも、あたかも非特異であるかの様なふりをして論じる 事が出来るのである. 上記の様な性質から、従来スムース性の仮定の下に論じられてきた様々な理論を、 対数的幾何学の言葉に置き換える事によって非常に自然な一般化が得られて来た.



対数的ポアンカレの補題. -- 今回は対数的幾何学の応用として、古典的なポアンカレの補題の一般化を与えた 筆者の最近の結果(Relative log Poincare lemma and relative log de Rham theory, to appear in Duke. Math. J.) について、及びそれについての 最近の進展について述べようと思う.古典的な ポアンカレの補題は、例えば線形の偏微分方程式系がある可積分条件を満たせば 局所的に解を生じるというものであったが、それは微分形式を用いて現代的に記述す れば次の様になる:



古典的なポアンカレの補題. -- $f\colon X\rightarrow Y$ を複素多様体の間のスムースな射とする.この時、複体 の間の自然な射

\begin{displaymath}f^{-1}\mathcal{O}_Y\longrightarrow\Omega^{\bullet}_{X/Y}
\end{displaymath}

は quasi-isomorphism である、即ちコホモロジーの同形を誘導する.



更に、良く知られている様に、これからいわゆるドラームの定理が従う:



古典的なドラームの定理. -- $f\colon X\rightarrow Y$を複素多様体の間のスムースで固有、即ちコンパクト集合の 引き戻しが常にコンパクトなる射とする.この時、標準的な同形

\begin{displaymath}\mathrm{R}f_{\ast}\mathbf{Z}\otimes_{\mathbf{Z}}\mathcal{O}_Y\cong
\mathbf{R}f_{\ast}\Omega^{\bullet}_{X/Y}
\end{displaymath}

が存在する.



どの様に一般化するか. -- 上記の定理達を一般化する指針は、上に現れた微分 $\Omega^{\bullet}_{X/Y}$を対数的極を持つ微分に置き換えるという事にある.しかしながら、安直にただ置 き換え たのでは駄目である.実際、次の様な例がある: 例えば、単位円盤 $\Delta$上で、高々 原点でのみ対数的極を持つ微分 $\Omega^1_{\Delta}(\mathrm{log}\{0\})$を考えると、 これは上の様な意味ではポアンカレの補題を満足しない。というのも、単位円盤上 には、 当たり前だが、 logz という関数が存在しないからである.しかし 「無いものは作れば良い」という精神で考えれば、つまり原点を S1に置き換えてしまえば、 その様な関数が多値関数として定義出来るという事になる.この様に、対数的極を 認める 部分を S1、又はそのいくつかの直積に置き換えるという操作は Real blow-up と呼ばれ、ある種の実際的な条件を満足する対数的構造を持つ複素 解析空間に対して常に定義される.対数的ポアンカレの補題や、対数的ドラームの定 理 の様に、通常の枠組の中ではとても成り立ちそうには見えない主張も、この様に Real blow-up された空間に対しては正しいのである.



主定理. -- 一般に fs という条件を満たす対数的複素解析空間 X に対して、その log に沿った Real blow-up $\tau_X\colon X^{\mathrm{log}}\rightarrow X$ というものが、 定義される.その定義は関手的で、対数的複素解析的空間の射 $f\colon X\rightarrow Y$ について、誘導射 $f^{\mathrm{log}}\colon
X^{\mathrm{log}}\rightarrow Y^{\mathrm{log}}$が存在する.上で見た事を一般化すれば、 つまり、これら Xlog上には拡張された対数関数とでも言えるものが存在 しており、それらを含んだ構造層 $\mathcal{O}^{\mathrm{log}}_X$ が存在する.

これらの対数関数を微分の中に取り込んでしまえば、拡張された対数関数を含む対 数的極を 持つ微分 $\omega^{\mathrm{log},\ast}_{X/Y}$ というものが出来上がる.



対数的ポアンカレの補題. -- $f\colon X\rightarrow Y$ を対数的スムースで、かつ universally saturated、 更に Y は対数的に正則とする.この時、複体の間の自然な射

\begin{displaymath}(f^{\mathrm{log}})^{-1}\mathcal{O}^{\mathrm{log}}_Y\longrightarrow
\omega^{\mathrm{log},\bullet}_{X/Y}
\end{displaymath}

は quasi-isomorphism である.



対数的ドラームの定理. -- $f\colon X\rightarrow Y$を上の通りとし、かつ固有であるとする.この時、標準的な 同形

\begin{displaymath}\mathrm{R}f^{\mathrm{log}}_{\ast}\mathbf{Z}\otimes_{\mathbf{Z...
...\otimes_{\tau^{-1}_Y\mathcal{O}_Y}\mathcal{O}^{\mathrm{log}}_Y
\end{displaymath}

が存在する.



その応用. -- この応用として、今回の談話会では 1) 開代数多様体のコホモロジーについての Deligne の結果や、2) nearby cycles についての Steenbrink の結果 (前者は開多様体の 混合 Hodge 構造を、後者は極限 Hodge 構造を論じる上で基本的である)が非常に 自然に得られるという事にも触れたい. また、Gauss-Manin系への応用として、対数的解析空間Xのクンマー型対数的 エタール射に関する構造層の極限という概念を紹介し、これによって上の二つの 定理における universally saturated という仮定が弱められ、正則特異点を持 つGauss-Manin系が非常に自然に捉えられるという事にも触れたい.


 

Tohru Okuzono 平成12年3月14日